そもそもの安倍の構想では、オバマ来日の前に集団的自衛権の行使容認のための安保法制懇報告を出させ、それを受けて直ちに憲法解釈変更の閣議決定にまで持ち込んで、「ついにやりましたよ!」と報告してオバマから礼賛の言葉を引き出し、その見返りに、尖閣有事の場合には米国が日本に対して集団的自衛権を発動して共に防衛に当たることを宣言して貰うつもりだった。ところが昨年末に安倍が靖国参拝という地雷を踏んでしまい、安倍の右翼愛国路線への傾斜と中国・韓国に対する強硬姿勢とに米国が失望と警戒を強めたことから、歯車が大きく狂い始めた。 安倍はもちろん、集団的自衛権容認を誇らしげに持ち出すだろうし、オバマはそれが長年にわたる米国の対日要求だったことは知っているから「それは結構なことだ」とは言うだろう。しかし、安倍が根本的に理解していないのは、オバマの米国は、冷戦時代からブッシュ・ジュニアまでの20世紀的な米国とは違う、ということである。オバマは、米国がその強大な軍事力を振り回せば世界の大抵の問題は解決可能だとは思っていないどころか、そうすることがむしろ有害だと考えて、シリアでもウクライナでも慎重な行動選択をしようとしているし、従ってまた台頭する中国に対しても、軍事力で包囲網を形成して封じ込めようとするよりも、どうしたら世界第1位と第2位の大国間で(しかも2020年代には中国のGDP が米国のそれを上回るだろうという見通しが語られている中で)建設的な外交的・経済的関係を築けるかを模索している。 それは、ブッシュのイラク・アフガン両戦争がどれほど深く米国を傷つけたかを思えば、当然の模索であるけれども、米国や日本の一部右翼や冷戦派残党の目には「オバマは軟弱だ」と映る。恐らく安倍のオバマ観もそれに近く、集団的自衛権の話に身を乗り出して乗ってこないことに失望を感じるのではないか。本誌がすでに伝えてきたように、米国のシンクタンクなどには、安倍が本当に狙っているのは、集団的自衛権解禁をステップに利用して日本の対外軍事行動への道を開き、自主防衛的な軍事強国を目指すことではないのかという疑念すら生まれている。そこまでオバマ自身が考えているかどうかは分からないが、少なくとも、集団的自衛権解禁で米国と日本が肩を並べて中国と戦争の構えをとろうという安倍の路線に同調するつもりは全くない。だから尖閣共同防衛など宣言する訳がない。 他方、国内的には、「砂川判決」を持ち出して集団的自衛権を最高裁判決も認めていたと強弁する高村正彦=自民党副総裁の"珍論"に対しては、法曹界で嘲笑的な批判が広がっており、これで公明党を説得しようという高村工作はすでに失敗が明白となった。 こうして、集団的自衛権解禁を日米首脳会談の目玉にしようという安倍の狙いは、すでに崩れ去ったと見るべきだろう。 はっきり言って、オバマの今回来日の目的はTPPで日本の譲歩を引き出すことだけである。外交も内政も行き詰まって政権運営に苦心惨憺するオバマにとって、最大の関心事は秋の中間選挙であり、誰が考えても分かることだが、日本と組んで中国と戦争を構えるなどと宣言しても、民主党は1票も増えないどころか、株価も暴落してますます票が減るばかりで、それよりもTPPで日本の大幅妥協を引き出して業界団体や農産者の歓心を買う方が遥かにプラス効果がある。 オバマ訪日日程を発表したホワイトハウスの会見で、ライス大統領補佐官は「『TPP』を連呼した。……『成果』が乏しいと予想されている今回のアジア歴訪の中では、TPP の進展は、アジアの巨大市場への輸出と雇用の拡大をアピールできる、数少ない材料」(20日付朝日「オバマ氏、主眼はTPP」)だからである。 安倍としても、集団的自衛権解禁が"お土産"にならないとなれば、TPPでサービスする以外に喜ばせる方法はない。しかし、16日から18日までの甘利明TPP担当相の訪米によるフロマン米通商代表との交渉は不調に終わり、「一定の前進はあったが、まだ距離は相当ある」といった状況にある。結局、甘利は最後まで頑張ったが……という形を作って国内向けの弁解をし、安倍のやむを得ざる決断によるトップダウンの決定として牛肉・豚肉と乳製品の関税撤廃もしくはそれに近い大幅引き下げを打ち出すところに追い込まれるのではないか。 これについて報道面で飛ばして煽っているのは、やはり読売で、20日付一面トップでは「牛肉関税『9%以上』/TPP、日米歩み寄り/共同声明『大きく前進』明記へ」という見出しで大々的に報じた。「複数の政府筋が19日明らかにした」としているものの、読売1紙を先行させて世論を地均しするための甘利サイドからのピンポイント・リークであることは間違いないだろう。 周知の如く、日本は牛肉・豚肉、乳製品、コメ、麦、サトウキビの重要5品目を「聖域」とまで位置づけ、自民党のHPには今も「TPPにおいて『例外なき関税の撤廃』を約束させられて交渉に入るなど論外」と書いてあるし、「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない」と大書された広報ポスターが撤去されずに貼り出されたままの農村地域も残っている。しかし、とっくの昔に同党の方針は翻っていて、農協と農家、特に酪農家は致命的に裏切られることになるだろう。 集団的自衛権解禁論の低知性レベルでの迷走、消費増税によるアベノミクス失速の危険増幅に加えて、TPPでの目をつぶって飛び降りるが如きの大譲歩が折り重なって、安倍政権が下り坂を転がり始める兆候が見えてくるのがこの4月である。 |
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