津波で自宅と仕事場をかねた店舗を失ってしまい、呆然と立ちすくんでいた遠藤さん。ガレキの中から、父の彫ったすずりがきれいな形で出て来たことが、再開のきっかけとなった。「自分がすずりをやめてしまったら、職人であった父が人生を掛けて残して来たものを絶やすことになる。とにかくここに残って、すずりを彫り続けよう」と決意する。
残骸の中からのみを拾い集め、年配の職人から道具を譲ってもらい、物置小屋に裸電球をともしただけの仮設の工房を作って作業を再開した。
筆記具や生活文化の変遷により、特にここ数十年ですずりの需要は大きく変わった。特に販売数が伸びる市場は学校用など教育市場向けに限られる。小さくて軽くて安いものが好まれるため、柔らかい石を機械で彫った商品や人造石を使ったものが市場にあふれた。近年は、中国からの輸入品や異素材の成型品も流通しており、産地の職人が手を動かす場面自体がますます減っている。
「しかたがない事かもしれないが、職人の数に比例して、本来のすずりの伝統や技術そのものが失われて来ている」という。そうしたなか、遠藤さんは職人としての自分の存在意義を見つめ直し、書道家や墨絵作家などプロに応えるための最高品質のすずり作りに取り組んでいる。通常は硬度が高すぎて加工に時間がかかるため敬遠されがちな玄昌石を選び、品質と意匠にこだわった制作を続けている。価格を抑えるため、流通を通さずに直接販売もおこなっている。
遠藤さんの作業机の横に、全国から寄せられた手紙が積み上げられていた。「ありがたいことに、時々お客さんが、感想の手紙を送ってくれるんですよ」と笑顔で、厚く積み重なった紙の束を示してくれた。「本来は、苦痛でしかなかった墨をする時間が楽しくなった。(書道家)」「墨が吸い付くようにすずりの上を滑り、短時間で濃い黒がしっかりと出る(墨絵画家)」といった、感嘆の言葉が並んでいる。
震災後の三年を振り返り「大変な毎日に変わりはないが、悪い事ばかりでもないですよ。そう考えるようにしているんです」と遠藤さんは明るい表情で答えてくれた。震災をきっかけに雄勝の事を知った人たちが、すずりやスレートに注目してくれた事で、廃れ行く雄勝すずりの流れが変わったと言う。また「いまで付き合いの無かった書道家からの注文があったり、わざわざ応援に、訪ねてきてくれたかたもいらっしゃいました」。遠藤さんの人柄をしたって、有志のボランティアが作業場の増築を手伝いにきてくれたり、震災チャリティーを行っていた広島のミュージシャンたちが、遠藤さんの活動を知り石切機材の支援をしてくれたそうだ。これまでに無かった出会いが広がり、多くの人に支えられている事に気づかされたという。
父、盛行さんが彫ったという、見事な意匠のすずりを見つめる遠藤さん。「自分のすべき事は、昔も今も変わらないと気づきました。すずり職人として技を磨き、この場所で雄勝の玄晶石を彫り続ける事なんです」 (岸田浩和) | | 宮城の伝統文化を取り上げた文化伝承業書(笹氣出版)のシリーズでは、「雄勝硯」と言うタイトルで遠藤さん親子が取り上げられている。 | | 遠藤さんのすずりを使う全国の書道家・愛好家からは、膨大な数の感想や励ましの手紙が寄せられる。 | | 震災前の、雄勝や北上地区の写真を見せてくれた遠藤さん。「地元の雄勝石をスレートに使った、美しい町並みがあった」 | | 極めて硬度の高い玄昌石を使い、緻密な意匠を施す遠藤さんのすずり。石の色目や模様を巧みにデザインに取り入れる、高度な職人の技が取り入れられている。 | | Information 「エンドーすずり館」 住所:宮城県石巻市雄勝町 雄勝船戸神明29-1 電話番号:080-1823-5433 営業日:不定休、9時〜16時頃 | |
0 件のコメント:
コメントを投稿