山崎和邦 週報『投機の流儀』 | | 未年縁起 【易学で見るアベノミクスの成長戦略】 | | 筆者は、半ばは付き合いで、半ばは興味本位で、易学の勉強会に87年夏以降、月に1回ずつ出ているが、いまだに理解に届かない。古代中国の高級官僚登用試験の科挙の試験科目で、最難関は易学だと言って古代中国の秀才たちが嘆いたと言うのだから無理もない、と思って諦めかけている。が、ここで生齧りながら未年縁起を要約したい。 そもそも論から始めるが、易を建てるということは鬼神しか判らない実相を人間の浅智恵がのぞき見るという儀式である。人は皆、8×8×6×2=768個の事象のいずれかに今、ここで、置かれている、そのどれかを決めて、それの易学上の解釈を正しくできるか否か、という問題であり、当たる、当たらない、の問題ではない。要は解釈が正しいか否かの問題である。これが難しい。 筆者の浅智恵で言うとこうなる。 今年は乙未(きのと、ひつじ)である。我々は今年そこに置かれている。乙(きのと)という象形文字は「草木が曲がりくねって伸びる状態」で、「伸びつつあるが抵抗も激しい」、という意味であり、アベノミクスの成長戦略は激しい抵抗に遭いながら伸びると解釈される。羊は本来おとなしい。一昨年の辰巳の年は「辰巳天井」と言い、前半は上昇から始まり5月22日に青春期相場の天井を付けた。昨年は「午尻下がり」と言い1月初日から下げではじまり4月まで下げた。今年は「羊辛抱」と言われる年で投資家に辛抱が強いられる年だとされる。 また、未というのは文字としては枝葉の繁茂を示すが、枝葉末節を払い落して簡素でなければ暗くなる、と言う意味である。さて、ここから何を思惟するか、ここからが俗に「当たるも当たらないも八卦」と言われているものだが、本当は自分の解釈にある。自分が何を思い何をイメージするかの問題であり、そこに正解は無い。これが正解である、とする。 | | お試し読みはこちら>> | | |
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